2007年03月13日
給料レター
給料日に手紙を書き始めて、10年になります。
昇家の給料袋には、必ず私からの手紙が入っています。
書き出しはいつも一緒です。
゛○○さん、いつもありがとう”
そう、始まります。
給料日に手紙を書き出したきっかけはちょうど10年前の開店まで、さかのぼります。
私の地元の近しい友人、知人はよく知っている話ではありますが…
昇家は決して最初から順風満帆だった訳ではありませんでした…
何もないところからいろんな人に恩をうけやっとの思いでたどりつくように開店したお店でありました。
当時、まだ力もないのに、オペレーションも定まってもいないのに、ただ ゛花火を上げたい!”その
一心で無謀にも 開店3日間ご飲食代金全額払い戻し(金券にて)と言う新聞チラシを打ちました。
沢山の人が開店と同時にご来店されました。
そのとき、初めて気づいたんです。
゛あっ、しまった…”
全ては、後の祭りでした。
開店に際して何の準備もしてなかった私は、肉のさばきもレジも電話対応も私ひとりしか出来ません…
会社でもありませんでしたから、当然社員はゼロ。
キッチンのアルバイト3人、ホール4人位の布陣だったと記憶していますが、何せ当日は頭が真っ白で
いくら思い出しても当時の記憶が定かではありません…
゛おい!ビールまだか?” ゛ねぇ、お肉まだ?” ゛時間ないんだけど…” ゛こんなんでお金とるの?”
惨々です…
自分の力の無さを、無力さをチラシで世にしらしめた… それだけです…
この、開店の販促の一件が今の私の販促の考え方の根っこにあるのだけは間違いありません。
何とかボロボロの状態で閉店しました。
しかしチラシの期間は3日間…
すぐ、つぎの開店が来てしまいます。
当時の精神状態はまさに ゛来てしまいます…” です。良い営業などできるはずもありません…
二日目も全てのお客様が怒って帰られます…
謝りすぎて、声がかれたこと思い出します…
今でも、いつどんな時でもこの時のことを思い出せば、自然に涙が出てきます。
次の日、
開店3日目、チラシ最終日…
店を閉めました…
いろんな人に恩を受け、やっとの思いでオープンしたにもかかわらず…
3日目にして店に貼り紙をしました…
その日、全てのアルバイトスタッフに出勤してもらい、どうしたらうまくいくか?
物の配置をかえ、電話の受け答えの練習をし、ルールを明確にしていきました。
ふと、気がつくと真夜中になっていました…
一人のアルバイトの父親が迎えにきました
゛何時だと思ってるんだ!、こんな遅くまでは話が違う!、辞めさせてもらう!” 激怒です。
しかし、もう 一人でも欠けたらアウトです。
必死にお父さんに謝りました。
゛すいません、明日からは必ず10時におかえしします。すいません、すいません”
気づいたら、その子も一緒に泣きながらお父さんにお願いをしてくれていました…
そして、仕切りなおしの開店4日目。
今度はいつまでたっても、キッチンのアルバイトの子が出てきません…
多分、嫌気がさしたんでしょう…
今思えば、無理もありませんよね、
悔しさと、惨めさで心がいっぱいになりました…
急遽、ホールの子を中にいれ、それでもできないのでメニューを大幅に縮小。
2階席は使用せず、目の届く店内のみ。
サラダも中止のサイドオーダーはキムチ、ナムルのみ。
レジで頂くお金が、ただただ申し訳なく、重かったです…
当時の開店時間は5時から朝3時30分まででした。
その日から、閉店して朝方7時頃までサラダ、キムチ等副菜の仕込み。
それから2階で9時から9時半まで2~3時間仮眠。
そこから肉屋へ行き(当時は配達してもらえる店でもありませんでした…)
帰りに一番安い八百屋に行き野菜を仕入れ、12時頃から肉とスープの仕込み。
そんな日が続きました…
それでも、やるんだ!やるしかない!と自分に言い聞かせていました。
そうこうして、初めての給料日が来ました。
お店はガタガタの状態です。
まとまった、お金などあるわけもありません…
何とか、ありったけのお金をかきあつめ、そのしわくちゃのお札をひとつづつ手で伸ばして
文房具屋さんで買った、茶封筒にお金と手紙を入れたんです。
当時、残ってくれたスタッフに…
その手紙にこう書きました…
゛ありがとう、本当にありがとう…そしてごめん、本当にごめん…”と。
これが私の給料レターの始まりでした…
そのとき、心に刻んだんです。
絶対に、死ぬまで今のこの気持ちを忘れないって…
あれから、ずーっと書いています。
もう おそらく何千枚と書いたと思います。
向陽荘ができスタッフが100人超えた今は全員あてに書いています。
しかし、4軒目までは一人一人に書き綴っていました。
前に何人か、卒業したスタッフが社会人になり私が書いた手紙を全部持って来店してくれました。
゛捨てられない”って、
少し、嬉しい気分になりました。
これからも書いていきます。
いつしか、給料も振込みで、何でもカードだメールだの時代だからこそ、手書きで書いていきます。
あのときの気持ちをわすれないためにも…
教訓
受けた恩義は石に刻み
かけた情けは川に流す
田中昇在
投稿者 shoya-admin | 2007.03.13|コメント(4)
コメント
本日も美味しい焼肉を三蔵店にて食事をさせて頂きました。
田中オーナーが来られてる時の店の空気は良い意味で緊張感があります。初めて田中オーナーを見たのは池下店のオープンの時だと思いますがその時の目の輝きは今でも鮮明に覚えております。(本日以上でした)
私も同業者の者として勉強になりいつも刺激を受けております。
なかなかブログを読んでもコメントはしないのですが私も若くしてサンドイッチやを開店して失敗した辛い日々を思い出してしまいコメントしました。私は移動式でしたが開店してから全てのお客様がクレームでした。(3ヶ月で閉店)
今ではオープン慣れしてしまいこのようなことは無くなりましたが私自身もいま一度初心に帰り現場に出ようと思いました。
田中オーナーの従業員やお客様を思う気持ち素晴らしく伝わってきます。これから益々活躍されることを期待いたしております。本日もご馳走様でした。
追伸、韓国の焼肉店教えていただき有難うございました。
投稿者 秋山清高|2007年03月14日 21:21
こんにちは!お世話になってます。
給料日のお手紙・・・前に、読みました。毎月、書かれるというのを聞き、驚きました。いろんな想いが、あったんですね。でも、いろいろな苦難を乗り越え、今の昇家になったのを知り、改めて、オーナーの人柄、気合のすごさを実感しました。本当をいうと、主人の仕事に対しての気持ちに、うんざりしていたけど、ブログを見て、主人とオーナーの気の合うところを知り、今まで以上に、応援しようと思いました。店長となり、皆さんの上に立つと思うと、不安ですが、ご指導のほど、宜しくお願いします。
また、子ども達と、会えるのを楽しみにしています。
投稿者 近藤ゆみ|2007年03月15日 11:45
いつも読ませてもらってますが、今回の給料レターは感動しました。田中さんの教訓を読み、昔ある人に言われた事をおもいだしました。してもらった事は忘れるな!してあげた事は忘れろ!私も田中さんのような心の温かい情熱のある人になりたいです。これからも応援してます。
投稿者 wanwan|2007年03月16日 00:51
田中オ-ナ-とは、ご面識はありませんが、昇家が大好きで全店お邪魔しました。
今回も予約に際し、久々にHPを拝見し、オ-ナ-のブログ見させて頂きました。
以前から、今名古屋で一番お会いしたい人・・・として、田中オ-ナ-のお名前を公言している私ですが、あらためて是非一度お会いしたい・・と思いました。
給料レタ-を読んで、涙が出てきました。
自分も経営者として、身につまされるお話しでした。
今の昇家のすばらしいスタッフ教育の原点はここにあるのですね。
同じ名古屋で、多分ニアミスしているとは思いますが、いつかお話できる日を楽しみにしています。
投稿者 satomi|2007年04月13日 11:26
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