2007年05月16日

飛び牛

 
飛びの牛が入れば必ず買います。

 
飛び牛とは、いわゆるA-5の更に上、飛びぬけての飛びです。
BMS(ビーフ・マーブリング・スタンダードと言って、サシの入り具合)12~13はめったに出ません。
勿論、希少な分だけ値段もとんでもなく高いです。
でも、純粋に ゛食べてほしいなぁ” と思い買います。
 
 
また、名古屋で私たちのお店より良い肉を出している店はない!と言う自負もありますから、
採算度外視してでも、必ず買い付けます。
これを、全店メニューに載せず口頭セールスのみで売ります。
特別なお肉ですから…
 
 
きちんと口頭にて説明をして、ご注文いただきます。
店長や主任は、あらかじめ顧客様にこちらから連絡をし、お越しいただく。
そんな、お客様とのつながりにもなっている、特別なお肉です。
昇家は美味しいお肉が入荷したら、こちらからお客様へ連絡をします。
 
 
これも、全て素晴しい取引先がいてくれるおかげです。
最初は昇家も肉屋さん4軒程とお付き合いしていました。
バラはここ、タンはここ、レバーはここ、欠品がでたときはここと、バラバラのお付き合いです。
ひょっとしたら、今もこういう焼き肉やさん、多いと思います。
 
 
ある日、ふと思ったんです。
こんな一軒一軒薄い関係で、良い肉なんて買えるのかなって…
A社が物ないから、B社から取るとか、C社のネタが悪いからD社から取るとか、
自分が業者なら、そんな所に良い肉持って行くのかなぁって…
 
 
肉屋を一本にしようと思いました。
しかし何の実績も信用もありません。
ましてや、どこの肉屋でもすでに大事な古くからのお客さんいっぱい抱えています。
そんなとこに、どうやって新参者が割り込めるのか…
 
 
また肉屋にしても、一本化されるのは荷が重いでしょう、
欠品もあるし、支払いも多くなるし、昇家なんて海のものとも山のものともわかりませんから、
つぶれる可能性だってあるし…
お話に行っても、あまり良い顔しません…
 
 
でも、あきらめずに社長がだめなら私と年の近い息子達だと、
精肉担当の長男けいご、内臓担当の次男けいじに一生懸命に夢を語りました。
゛共に大きくなろう!”、 ゛二人三脚組もう!”、゛死なない限り俺は頑張るから!”って…
何を夢物語を…と思ったことと思います。
 
 
6年前の最初のBSEの時でした…
当時はBSEなんて言葉もなく、゛狂牛病”と言われていた10月のことです。
二軒目に出した矢場町のお店の3階宴会場を作っていました。
資金がなかったので、最初は2階までしか作れなかったんです。
 
 
当然、借り入れをし工事に入った矢先の騒動でした…
売上は見込みの半分にもなりません…
お店の中、閑古鳥がないています…
かけもちのパートナーの子は自主退店おねがいしました…
 
 
まさにお先真っ暗状態でした…
私が矢場町店の2階に上がると、さっきまで働いていたパートナーの子達が焼肉を食べていました。
そして、笑顔で私にこう言うんです、Vサインしながら
゛私達は皆焼肉大好きです!オーナー、売上協力します”って…
 
 
見失いかけていた何か、失くしかけていた何かをこの子達のお陰で取り戻しました。
泪をこらえて、2階デシャップに入り店長にこう言いました…
゛あの子達のお金はなにがあってももらっちゃだめだよ、気持ち充分もらったから”って…
゛たくさん食べさせてあげて”って…
 
 
すると今度は社員から、
゛オーナー、閉店後泉店で少しお話が…”
私が行くと全員ガーデン席に勢ぞろい。
神妙な顔つきでわたしにこう言いました…
 
 
゛僕ら社員の給料を下げてください!”って…
びっくりしました…
同時に皆、それくらいのピンチだと認識していたのです。
しばしの絶句のあと、こう言いました、
 
 
゛ありがとう、もうその気持ちだけで本当に充分だ”て…
そしてこうも言いました
゛おれの車売ってでも給料は払うから心配するな”って…
すると、すかさず奴らは
 
 
゛オーナーはそう言うと思っていました。じゃあ、せめて何かやらせて下さい”と…
例えば業者さんに協賛を頼んでビールセールをやるとか、
牛以外のラインアップを増やすとか、ビラを配るとか…
私はそれもダメだ!と言いました。
 
 
有事の時にジタバタするな!と、
自分達が今までやってきた事を信じ、来てくださったお客様に全力投球しよう!と
感謝の気持ちをより強く持とう!と
そして、絶対に焼肉はなくならない!って…
 
 
3階の宴会場の借り入れ金が重くのしかかります。
売上もありません…
まだまだ、この暗い闇は続きそうです。
マスコミも連日テレビで恐怖心をあおります…
 
 
はじめて、資金繰りと言うものに奔走しました…
気がつけば、もうすぐ肉屋の支払日です。
ふと、゛肉屋のがもっと大変だろうなぁ”と思いました。
なんとか、お金を集め、支払日より5日ほど早く払いました。
 
 
すると、肉屋の社長が
゛支払いを待ったする焼肉屋ばかりの中、早く支払ってくれたのは昇家さんだけだ、ありがとう”
こう言ってくれました。
私自身も ゛肉屋なくなると困るから” と照れ笑いです。
 
 
あの日から今の肉屋とのパイプが太くなりました。
社長も言ってくれます
゛応援する”と。
息子達も名古屋で一番の肉を持ってきてくれます。
 
 
苦しい時に助け合ったから、今の良い関係があるんです。
今では配送のトラックも、工場の規模も当時の倍位になりました。
とても嬉しいことです。
あの時語っていた ゛共に大きくなろう” です。
 
 
 

私達のスピリットカードにはこう書いてあります。
 

゛取引業者さんの発展、繁栄を心から願い共に成長していきます”と 




  教訓
 
 
利は元にあり

 
 
 
                                                   田中昇在
 

 
 


 
 

 

投稿者 shoya-admin | 2007.05.16コメント(0)

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